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アマミゾの彼方から
鳥居 真知子
1,500円+税
南島叢書99 / 並製
ISBN978-4-87616-067-9 C0093
世界自然遺産に登録された奄美大島は世界に誇れる自然環境に加え、島尾敏雄のヤポネシア論にあるように、かつての日本の村々にあって、今は失われてしまった豊かな精神世界が息づいているところです。
人と自然、自然に宿る神々とをつなぐシャーマニズムが生活に溶け込み、「生」と「死」が非常に近い形で感じられる稀有な場所といえます。
その奄美を舞台に、著者は一人の少年のこころの再生の物語を描いています。
民俗学に寄りすぎず、読者が奄美の精神世界を自然な形で感じられるよう、あえて平易な表現にこだわり幅広い世代に届くようにしました。
奄美大島に伝わる様々な祭祀が普段の生活のなかで印象深く描かれ、ハブやケンムンが当たり前のように登場します。
奄美大島の精神世界を知る入門書だと思います。
2023.10.18
シバサシのお祭り
アラセツ(新節)から七日目に、大きなお祭りの二つ目のシバサシ( 柴挿し)というお祭りが来る。
神様と共に父さん達が、ノロの照おばから招き呼ばれて、海の上を歩いて七日目の日だ。たぶん父さんは、今日の夜中くらいに着き、明日の朝には会えるはずだ。
本当に父さんと会えるのだろうか……。期待と不安で、胸がドキドキしている。
シバサシの日には、座敷に、ご先祖様の位牌を下し、サトウキビ三束と夏みかん三個を、お膳にのせて供え、そのそばに花びんに入れたススキを置く。さらに家の軒端にススキを挿す。
「孝太、桑木玉しようや」
一郎と浩が誘いにきた。桑の木の皮をはぎ、それを輪にして、首からぶらさげたり、手首や足首にまく。これは魔よけになるらしい。
「かしこい頭も、守らんとね」
一郎は、ふざけて頭にも、桑の皮をまいた。
「おれは、お腹が痛くならんようにね」
浩はシャツをまくり、お腹にまいた。僕は、声無く笑い転げた。
この日の楽しみは、ムチモレヲゥドゥリ(モチもらい踊り)だ。小太鼓のチジンとサンシンを打ち鳴らして、六調を踊りながら、シマ(集落)の家々を回り、スルメやモチをもらうのだ。かごを背負い、そこにもらったものを入れる。どれだけたくさんもらえるか、一郎や浩と競争だ。
「ィユ ヤルィ、イキャ ヤルィ(魚をくれ、イカをくれ)」
と、言いながら回る。背中のかごがだんだん、重くなってきた。僕が一番になれるかなと思った。
いつの間にか、一郎や浩と離れて、峠に来ていた。
(孝太……)
ガジュマルの根元に、あのケンムン(妖怪)がひざを抱えて座っていた。僕はビックリしたが、ケンムンに言った。
(浩が、ハブにかまれた時助けてくれたね。ありがとう)
ケンムンは、ニコニコ笑って応こたえた。
(あの時は、孝太、頑張ったね)
(僕は、あの日から、マブリ(魂)が強くなってきたように思うんだ)
(そうだよ、孝太のマブリは本当に強くなったよぉ)
(おまえのおかげだよ……)
( 孝太は、ワン(おれ)の友達だからな……)
(そうだよ、僕らは友達だ)
僕は、後ろのかごから、モチやイカをいくつか取って、ケンムンに渡した。
(アリギャテ、アリギャテ(ありがとう、ありがとう))
ケンムンは、うれしそうに言いながら、ガジュマルの茂みに消えていった。
そこには、やはり大きな木の切り株があった。父さんも母さんもいないケンムンに、僕は、もうすぐ父さんと会えるのだとは言えなかった。
家に戻ると、ジューとアンマが門で、しゃがんでいた。もみがらを置き、ウジクサを加え、その上にオキビ(木の燃えかけ)をのせて、くすぶらせていた。これで、冷たい海の上を、七日間歩いてきた父さんの足を温めるのだ。僕は、ジューとアンマと一緒に、火が消えないように、夜遅くまでオキビを、足し続けた。
今晩、父さんが海の彼方から、やって来るはずだ。僕は浜辺に立ち、月に照らされた海を見つめていた。浜には風が吹いていた。この南風は、ネリヤの国から、神様と共に亡くなった魂が来る時に吹く風だ。