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島の小説集 二天抱擁
神野麻郎 著
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その婚礼は、島のしきたりに従って四日間うち続いた。祝言の日は花嫁衣裳を着飾って宮参りから親族廻り、満ち潮時をはかっての輿入れ、そして杯事から床入り。続く三夜は親族、若衆組、隣組の人々を次々に招待しての披露の宴がうち続いた。緊張と喧騒の日々が夢のように過ぎると、もう次の日からは姑に仕え、朝は一番に起き夜は最後に休むという新妻としての日常が待っていた。トヨは炊事、洗濯、掃除、水汲み、畑仕事と休む間もない家事を気を張ってこなした。そんなトヨに、直次郎はやさしく、若い夫らしいいたわりを見せた。直次郎に寄り添いながら、トヨは自分が蝶の変態のように、おぼこな娘から一人の女に変わっていくのがわかった。
そのころとそのころからの憂いの少ない日々を思い返すと、トヨはわずかに慰められるような気がする。そしてこのごろは到底人に言えぬ責め苦に遭いながらも、心のどこかであのころの直次郎がほんとうの直次郎だ、今は何かの気の病にかかっているのだ、だからいつか必ず直次郎は恢復すると信じていた。だからヤエのようにただおろおろと嘆いているのではなかった。心の奥底でトヨは直次郎との深いつながりを疑わなかった。だから自分は苛まれながらも、自分を失くして狂気の発作に身をまかせている直次郎をかえって憐み、いとおしむ気持ちが起こった。あの金色の光を、トヨは思う。悪い夢見の中でわずかに救いのように雲間からさす金色の光-その一条の不思議に尊くなつかしいような光を、トヨは目覚めてからもあこがれていた。
だがうち続く悪夢と現実の悲しみは、さすがにトヨを疲れさせた。直次郎に脅かされた夜、悪い夢見にうなされ、目覚めるとまた直次郎に苛まれる。トヨはもう夢とうつつのあわいがさだかでなくなってしまう時があった。夢の中に現れる魔性の凌辱者は直次郎だった。またうつつに夜床でトヨを瀆すのは、赤目の蛇を腰に巻きつけた化け物だった。昨夜もそんな苦しい時をトヨは過ごしたのだった。
大山先生はそんな自分と直次郎のことを見通しているのだろうか。すると直次郎を受けてやれというのは直次郎をなすがままにさせておけばよいというのか、そうすればやがて治るというのか、とトヨは考えた。そして大山先生の言葉に、トヨははっと思いあたることがあった。去年の暮れのこと、カンギさんを盗み出したというその行者が本土へ渡る時、市助から頼まれて便船を出したのが直次郎だった。いつか直次郎もそのことをしきりに気に病んでいた。そういえばカンギさんが盗まれたという噂が島じゅうに広まったからだ、直次郎が荒れはじめたのは・・・。
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「二天抱擁」より
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