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新刊
『コヤシの思想-髙野雅夫と夜間中学の闘い 』
今西富幸
1,800円+税
四六判 並製 / 208頁 / 2026年9月20日
978-4-87616-076-1
旧満州で戦争孤児となり、文字を知らないまま生き延びた髙野雅夫。
17 歳で初めて文字を覚え、 21歳で夜間中学へ──。 やがて彼は、「夜間中学生」の記録映画を抱えて全国を歩き、 学ぶ権利を訴え続けた。
本書は、夜間中学増設運動の象徴的な存在である髙野雅夫の生涯を通して、 戦後日本が置き去りにしてきたものを問い直す。
「文字と言葉を奪い返す」とは何か。 名前を取り戻すとはどういうことか。
これは、私たち自身の社会を問う一冊である。
2002年4月から1年間、産経新聞に連載された「『コヤシの思想』を語る―髙野雅夫との対話」に加筆、修正されこの度単行本化

2026.05.27
一九三九年十二月二十五日。
旧満州で生まれた髙野雅夫の生年月日である。だが、これは出生から二十三年後、自らの記憶を掘り起こすことでようやく、日本の裁判所から認定された戦争孤児としての日付なのだ。
満州から引き揚げるとき、肉親と生き別れた。五歳ごろの記憶らしい。母親から呼ばれていた「タカノマサオ」という名前が耳に残っている。
旧満州に詳しい人に聞くと、生まれたのは、奉天(現在の中国・遼寧省の瀋陽)の郊外ではないかと。冬、路地裏に捨てられ、カチカチになって死んだ赤ちゃんの姿がいまでも強烈に残っている。でも、地名とか時間とか全然わからない。せめて十歳くらいになっていたら、もっと覚えているのでしょうけれど。
おふくろは病弱で寝たきり。オンドルのある隣の家のクーニャン(中国人の女性)といつも遊んでいました。セルロイドのキューピーさんの人形ってあるでしょう。捨てられた子どもだったんですが、 カンカンに凍って。なにもわからず、子供たちと一緒に蹴飛ばしておもちゃみたいに遊び相手にしていたら、あの病弱なおふくろから、鬼のような顔で怒鳴られた。怒鳴られた意味もわからなかった。それがおふくろの唯一の想い出です。
「タカノマサオ」という名前はおふくろから聞いていたし、隣のクーニャンからも「マサオちゃん」と呼ばれていた。ただ、おやじが生きているときの記憶は全然ない。戦死したのか、兵隊さんの帽子をかぶった黒縁の写真の前でおふくろとクーニャンと三人で淋しい夜を過ごしたことをかすかに覚えています。その前に飾ってある饅まんじゅう頭を盗んで食ったんですよ。そのうまさは確かに覚えているのに、
おやじが死んだ悲しみなんて全然、なかった。
敗戦の意味も、どこへ行くのかわからないまま、持てるだけの荷物をもって、みんなぞろぞろ歩き始めた所までおふくろと一緒だったのを覚えています。オレがはぐれたのか。おふくろが死んじゃったのか。ただなぜか、オレはおふくろに捨てられたという恨みでいっぱいだった。オレ自身、捨て子の赤ん坊だったのかもしれない。
◉歴史を語る
「名前に残る原風景」より